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霜月壮一郎は、今日も資料の山に埋もれながら、終わりの見えない作業に追われていた。
目の前の書類には様々な団体名が書かれた表と、理化学系の試薬を扱う会社名が書かれた表が記されている。
丹念にその会社を見ながら、霜月が見たことがある名前を探す。そして記憶にあるものをピックアップしながらマーカーで印を付けていた。
「斉藤商店は、確かこの組織とつながりがあったはず」
ブツブツと独り言を言いながら、ペンで頭をかき、ファイルを開く。
すると、向かいの席から上司の近藤が声をかけてきた。
「霜月、今日の業務説明会の資料、次長の決済は済んでいるか?」
近藤は退職まであと五年を残すのみとなった大ベテランだ。白髪混じりの短髪にシワの深いいつも不機嫌な表情。本来ならば暇な部署に異動希望を出し、残りの任期を静かに過ごしたい頃だろう。しかしながら近藤は現在の部署にこの春配置された。霜月はそれが本人の希望なのか、それとも懲罰人事なのか本人の口から聞いたことはなかった。まぁ、本人の働き具合を見れば自ずと答えは後者だと思わざるを得ない。今日も朝から新聞を読んでいるだけで、霜月の仕事を全く手伝おうともしない。霜月は近藤に対して一欠片の尊敬の念も持ち合わせていなかった。
他の人間に手伝ってもらうにも、霜月のやっていることを理解できる人間は今の部署にはほとんどいない。霜月も説明することが必要だと感じてはいるものの、とにかく今の部署の仕事を軌道に乗せるためにはやるべきことが山積していた。霜月はこの部署が発足した時からここに配属されているが、それもほんの二年前のことだ。現在のこの部署では霜月を始めとして誰もが新人と言えた。
「今日、決済をとります」
霜月はファイルを眺めたままぶっきらぼうに答えた。どうせ相手には資料の山が邪魔をして自分の表情など見えはしないのだ。
「今日のことだぞ。遅すぎる」
近藤が苦言を呈したが、新聞をめくる音が同時に聞こえた。それほど気に留めてもいないのだろう。
「午後のプレゼンは自分がやりますから、次長は事後決済でもいいぐらいですよ」
霜月は抗議の意を示すため頭を上げたが、資料の山が立ちふさがり、近藤の顔を見ることはできなかった。
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