1 ATU-BC

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「そうか、俺は何かやることはあるか?」  近藤がそう聞いたが、霜月は半分諦め気分で「何もないですよ」と答え、ファイルに目を戻した。  <警察庁警備局CBRNE対策課生化学担当 通称: ATU-BC (Anti Terrorist Unit - bio chemical) 中部管区支所>  それが、霜月が現在勤務する部署である。二年前に鳴り物入りで全国の各管区に設立されたこの部署も、現在の実情は閑古鳥が鳴くばかり。情報の集約も必要な業務だったが、それよりも未だ新設部署の業務内容の模索と、関係機関への説明が未だ欠かせない、まさに生まれたばかりの赤ん坊のような部署だった。  CBRNE(シーバーン)は、化学 (chemical)、生物 (biological)、放射性物質 (radiological)、核 (nuclear)、爆発物 (explosive) を意味する。  1995年の地下鉄サリン事件、2001年のアメリカ炭疽菌事件等から警察庁はCBRNEテロ対策を強化した。2000年4月19日、警視庁公安部に「NBCテロ捜査隊」を、6月大阪府警察に「NBC初動措置隊」を発足させ、その後続々と主要な県警にも同種の部隊が設置されていった。CBRNE対策部署は、それらテロ発生時の部隊対応とは別に、情報収集に特化した部署であり、テロの予兆段階からその動向を掴むことを目的としている。つまりテロの未然防止が仕事である。霜月は特にその中で生化学兵器(BC)の担当をしていた。ちなみに隣の係は放射性物質を中心としたATU-RNEである。  霜月がファイルを閉じ、ため息をつきながら目頭を押さえていると、始業の体操の音楽が館内放送で流れ始めた。すでに霜月が出勤してから二時間が経過していた。もちろんこの時間は給料が出ない。サービス早朝出勤が常態化していた。 「それでは、次長の決済をとりに行ってきます」  霜月はあらかじめ準備しておいた決済書類を抱えると、席を立った。やはり近藤は新聞を読んだままだ。「おう」と一言いうと自分で入れたお茶をすすった。
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