1 ATU-BC

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 自分のデスクから次長のデスクに向かう途中、幾つもの係を通り過ぎた。同じ部局にいるにもかかわらず、他の係はどこも活気にあふれていた。二年前は自分が配属される係もこれらと同じように、いやそれ以上に活気のある部署に違いないと思っていた。しかし現実はこの通り。霜月は配属されてから自分の眉間のシワがどんどん深くなっていくのを感じていた。そして最近では死んだ魚のような目をすることが増えていった。それほど現在の部署には理想と現実のギャップがあった。  この一ヶ月、中部管区の各県から送られてきた情報は数えるほどしかなかった。そして、霜月が対応しなければいけない案件は一つもなかったのだ。情報が無いということは、テロの予兆が無いということで、安心しても良さそうなものだが、上層部はそれで満足と頷くほどお人好しではなかった。 「業務説明会はこの通りやってくれ、しかし新設されてから二年、これでは君らの存在価値が問われるんじゃないかね?」  午後の業務説明会の資料とともに、今月は何も情報が無かったことを示す書類の決済を持っていくと、次長は印鑑を押しながら嫌味を言った。確かに、各部署に人員削減の嵐が吹きすさぶなかで、新設部署に対する周囲の目は厳しいものがあった。 「テロが無いということは、俺達がちゃんと仕事しているってことには、さすがにならないか」  霜月は、大きくため息を吐き、自分のデスクに戻る前に缶コーヒーを買おうとロビーへ出た。  霜月のいる部署は、中部管区警察局に属しているが、愛知県警察本部内に支所として場所を間借りしていた。 「あ、シモさん。どう?例の花形部署は?」  自動販売機で硬貨を入れていると、県警の本田隆刑事が通りがかった。この春から県警捜査一課に配属になった優秀なやつだ。以前に共通の知り合いに誘われた酒の席で知り合った。同じ配属年だったのですぐに意気投合した。一応霜月の方が年上でもあり警察局勤務ということで、少しだけ気を使っているようではあるが、友達のように接してくれるのは霜月にとって気が楽だし、ありがたい存在であった。 「嫌味か」  微糖を選んでボタンを押す。ガタンと取り出し口に商品が落ちてきた。
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