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どうやって帰宅したか、なんて覚えていない。気づいたら実母に手を引かれ、実家に戻ってきていた。どうしてこっちへ連れてこられたのだろう、と少し恨めしく思ったけれど、結局、未婚であることに変わりはない。私はこの家の娘なのだ。
何かしないと、と時計を見る。1時半。窓の外は暗い。夜なのだろう。
いったい、今日は何月何日で、私は何をするところだったのだろう。
家族は既に眠ってしまったのか、家の中はひっそりと静まりかえっている。冷たい空気が気になって、いまさらのようにエアコンのスイッチを入れる。壁際にかかったリモコンは不安定で、2回押してようやく反応した。手足はすっかり冷えきっていた。
とにかく動かないと、と振り返る。と、部屋の中央あたりがうすぼんやりと光っている。変だ。私が近づくと、光は弱まるどころか、逆に強く光った。
――紘子、未亡人なんて言ってないで、前向いて生きろよ!――
「守っ!?」
守の声に驚いていると、光の中に彼の姿が浮かぶ。
――しーずかにっ! みんなが起きちゃうだろう? 紘子さ、悲しんでくれるのは嬉しいけど、やっぱり俺、紘子の笑顔が見たいんだよな。紘子が笑ってくれなきゃ、死んでも死にきれないんだよ――
私は泣きたいのを我慢して、笑顔をつくろうと試みる。でも、うまくできている気がしない。
――ダメだって、そんなんじゃ。ちゃんと前向かないと。つらい気持ち、誰かに話して、ちゃんと消化してさ、いろんな人に会ってよ。多少、時間がかかってもいいからさ――
守は苦笑している。まるで生きているかのような、活き活きとした表情。
私は守に手を伸ばす。でも、何にも触れることできなくて。
――あぁ、ゴメン、そろそろ行かないと。長居すると、お前が俺から離れないからな。俺はもう、戻らないよ? でも、ずっと待ってる。紘子に笑顔が戻るの、近くで見てるから。じゃあ、な――
行っちゃう……
「またね、守!」
守は一瞬、振り返る。その彼の表情は、哀しそうな微笑みだった。
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