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ギッ、ギッ、と、牛車が軋む。
今宵は新月。
陽が沈んでしまえば、平安の名を冠するこの京も闇の中に沈んでしまう。
美しいものも、汚いものも、全てを取り込んで。
灯りのない中をあえて行く者など、人目を忍んでの逢瀬に情緒を感じる天上人か、闇に顔を隠して悪事を働く下郎か、それくらいしかいない。
というのも近頃、京の中には世にも奇妙な噂がまことしやかに囁かれているのである。
人の姿が掻き消えた大路に佇む美姫。
明らかに人ならざるモノだと分かるはずなのに、行き合ってしまった者はその魅力に抗うことができずに美姫へと近付いてしまうのだという。
それを煽るかのように、檜扇で顔を隠した美姫は、ユラリユラリと袖の中からのぞく手で相手を招く。
その手を取ってしまった者は後日、干からびた屍となって姿を現す。
そう、美姫の手を取った瞬間、招かれた者はその場から美姫ともども姿を消してしまうのだ。
牛飼いの童やお付きの従者が、今まで何人もそう証言している。
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