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ある休日の夜、僕は一人で再び山田苑を訪れた。恵子ちゃんはちょうどカレンダーを捲っているところだった。そうか、今日から十二月か。
「いらっしゃいま……あ、深道さん」
彼女の視線は僕の肩の上を通過していた。今日は僕だけだと伝えると、そうですか良かったです、と言って剥がした十一月分の本郷奏多を持って一旦奥に消えた。
僕は青椒肉絲を頼んだ。しかし恵子ちゃんが持ってきたお盆には、勝手にエビチリがプラスされていた。
「今回だけサービスです。前来てくれた時、おいしいって言ってくれたから」
と、恵子ちゃんは笑った。さすがエビチリおばさん。
「ゆいさんもおいしいって言ってくれればまだかわいげがあるんですけどね。最近は早く逝ってくれないかって思ってますけど」
悪意に満ちた微笑を浮かべつつ、恵子ちゃんはなにやら段ボールの小ケースをカウンター下から持ち上げ、四つ並べ置いた。
「見てくださいよこれ。おとといゆいさんが来て置いていったんです」
豆乳の四つの味がそれぞれ一ダースずつ。普通の豆乳と、ソーダ、焼き芋、コーヒーミルク。焼き芋の豆乳は他の味の半分くらいしか残っていなかった。
「余計なことばっかりするんですよ、あの豆乳おじさん。深道さんもあんな先輩がいて大変じゃないですか?」
女遊びが過ぎることを除けば、掛川さんの社内での評判は悪くない。口は悪いが、仕事ができ、意外と気遣いもできる優秀な人物というわけだ。豆乳を持ってきたのも、本気で恵子ちゃんのことを想ったのかもしれない。
「そんなわけないじゃないですか」
うん、僕もそう思う。
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