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目のやり場に困って、あちこちに視線をさまよわせる春一に、夏樹が楽しそうに近づいてきて話しかける。
「どうだ春。なかなかいい、バレンタインだろう」
「……」
もう、この弟たちに、どこから突っ込んでいいのかわからない。
来生家はいつの間にか、アリス・イン・ワンダーランドに様変わりだ。
でもまあ、鈴音は楽しそうだし、バニーも別に無理やり着せられているわけではなさそうだし……。
春一は、軽く息をついて、潔く現実を受け入れる。
「あまりハメを外すなよ」
夏樹を叱ることなく、代わりにちょっとした忠告を入れたら、
「大人のための健全バニーセットだぜ。可愛らしいものじゃないか」
やっぱり夏樹が用意した衣装だということを白状した。
それから、
「春の分もあるけど、帰ってくんの遅ぇからヤマネだぞ」
有名なテーマパークで売られている、ねずみのカチューシャを渡してくる。
「……」
春一は、
「わかった」
とうなずいた。
そして、たいした逡巡もみせず、頭に軽くカチューシャを乗っける。
「!」
そんな春一に、夏樹の方が驚いて目を見張った。
「春?」
春一は、
「なんだよ。これでいいんだろ」
なんでもないことのように夏樹に答え、
「鈴音、俺にもお茶を淹れてくれ」
とテーブルに近づいていく。
いろいろ納得できないこともあるが、それでも春一は、ひとつだけ救われた。
持って帰ってきたあのチョコレート、上手いこと有耶無耶に出来そうじゃないか。
了
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