バレンタイン編

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瞬間、春一は渾身の意思の力で鈴音から視線を引き剥がすと、 「夏樹、てめぇっ!」 まるで爆炎でも吐きそうな怒声をあげて、ダイニングに乗り込んでいく。 「お前、鈴音になんて格好させて――」 血管が切れるんじゃないかと思うほどブチギレて、弟たち全員を殴り飛ばす気概で向かったのに、 「――!」 ひと目見た瞬間に毒気を抜かれた。 「……は?」 そこにいたのは、ロングコートのようなジャケットに、ベストにズボン。バカみたいに大きな蝶ネクタイを胸元に締めて、シルクハットを頭に乗せた夏樹。 全身縞模様の、コメディに出てくる囚人服みたいな格好で、頭に猫耳のカチューシャをつけて頬にヒゲを描いた秋哉。 それから、あれは誰だ? 背中まである金髪。薄い水色のワンピースに白いエプロンドレスを身につけた美少女。ぶすっと不機嫌にふてくされてはいるが、あれは、 「……冬依か?」 「他に誰がいるのさ」 声だけは、ちゃんと冬依のままで返事が返ってきた。 春一は、 「なんでお前、女装してるんだよ」 もともと女顔だが、まさか女装癖があるとは思わなかった。 すると冬依は、 「これは女装じゃなくてコスプレ。鈴ちゃんがアリスは絶対ボクだって言うからさ」 「コスプレぇ!?」 弟たちは、春一のこんな間の抜けた声を聞くのは初めてだ。 思わず、ぶっと吹き出した夏樹が、 「そうそう。ただいま『気違いのお茶会』の真っ最中さ、おかえり春」 やっと、春一を迎えてくれた。
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