第六章 捻じれた糸

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 パタパタと忙しく家の中を歩き回る。気持ちだけが焦って、思考が風に吹かれた綿毛のようにあちこちへと飛んでいく。  部屋を掃除して、出しっぱなしの服を片付けて、化粧をして着替えて、何度も部屋の中をチェックして回る。そう、悠太が家に来るのだ。  桜は典型的なA型の性格をしている。几帳面といわれがちだが、意外と部屋の中は散らかっているし、外見は綺麗だけれど引き出しの中はあまり整頓されていなかったりする。脱いだ服も出しっぱなしにしている事が多いし、冬場によく着るニットのコートなんかはハンガーにかけないせいでソファーの上に投げ出したままの事が多い。  こうやって誰かが来る時に大慌てで片づけなければいけなくなるのは分かっているが、普段の自分の生活に支障が出ない限りこの性格は治らないだろう。 「よし、大丈夫かな」  声に出してもう一度確認する。それでも何かを忘れているのが桜なのだが。  ここ数か月、悠太との関係は楽しい事よりも不安に思う事の方が多かった。離れているせいでコミュニケーション不足になっているのも不安に拍車をかけている気がする。  それでも、どんなに不満や不安があっても、やはり好きと言う気持ちに変わりはなく、もちろんそれが本当に好きなのか、ただ単に好きだと錯覚しているのかもしくは思い込んでいるだけなのかは本人すら分からないが、久しぶりに会えると言う現実はもやもやとしていた嫌な気持ちを少し吐き捨てられるくらいには嬉しい事実でもあった。  髪をきちんと染め直し、下着や服も新しいのを買って、ダイエットも少し頑張って、何年も辞めれなかった煙草も辞めた。それもこれも、全ては悠太と言う存在がもたらしたものだ。  車のエンジン音が聞こえる。窓にかかるレースのカーテンから、黒いタクシーが透けて見えた。自分の部屋に向かって真っすぐ歩いてくる姿に、少しの緊張と胸の高鳴りを抑えられなかった。  ――ピンポーン  心臓が一つ、トンと跳ねる。カメラの向こうには久しぶりに見る悠太がいる。  ガチャっとゆっくり戸を開けた。 「お疲れ」 「やっぱ遠いねここ」  苦笑いをした悠太に、桜も苦笑いを返した。 「久しぶり」  手を広げてギュッと抱きしめてくれた背中を、桜も強く抱き返した。
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