第1章 縺れた糸

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4年前―― 「また朝帰り?」  朝と言うにはもう遅い時間、午前10時を過ぎたころ、彰は帰ってきた。  不機嫌ですと書きなぐった様な顔を向けると、へらへらと笑いながら、そして少し面倒くさそうに軽い返事をしてシャワーを浴びに行く。  その後ろ姿を目で追いながら、桜はため息をついた。  浮気?それとも本人が言うように本当にただ遊んでいただけなのだろうか?どちらにしても真偽は分からず、もやもやとした感情が胸の中を支配する。  もうすぐ30歳になろうと言う桜よりも彰は若く、遊びたいと言う気持ちには勝てないのだろう。20代前半の男なら友達と遊ぶ事の方が楽しいと思う時があるものだ、仕方ないんだと何度も言い聞かせてきた。自分だってその時期を過ごしてきたのだと。  でも、その頃の自分は何をしていた?彼氏を作らず、友達と飲み歩き、自分一人の責任で遊んでいた。だったら私のほうが幾分も健全じゃないか。消化不良を起こした様な感情を心の中でぶつぶつと呟く。  シャワーの音を背に、脱ぎ捨てられた服を洗濯機に放り込みながら、ぐるぐるとまとまらない考えを整理しようとするが、苛立ちが先走って怒りの感情しか沸いてこない。  お腹の底のほうでどす黒い何かが沸き上がりそうになるのをぐっとこらえて、少し乱暴にスタートボタンを押す。  流れる水の音を聞きながら、閉じられた洗濯機の蓋を見つめてため息を一つ吐いた。 「じゃあ行ってくるわ」 「は?また?」  服を着替えた彰は、さも当たり前の様に出かける準備をして玄関へと急ぐ。  一瞬すうっと色んな感情が消え、その直後に抑えていた感情が爆発した。 「何考えてるの?連絡もなしに朝帰ってきて、また何も言わずにどこ行くわけ?」  ちゃんと覚えているのはこの台詞くらいだった。後はもう暴言しか出てこない。  怒りを面に出したのが分かったからだろう、逃げるように鍵を掴んであっという間に外に出て行ってしまった。  一人残された桜は、向ける場所を失った怒りと悲しみをどう処理することも出来ずに乱暴に部屋の戸を閉め、悲しいのか悔しいのか沸点に達した怒りのせいなのかすらも分からず座り込んで泣くことしか出来なかった。    絶対に後悔させてやる――  この時既に、愛情などもう無かったのだ。愛情だと思い込んでいただけで、本当にあったのは復讐心だけだ。けれどその時の桜にはそんな事に気づく余裕すら無くなっていた。  
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