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そしてある日。
いつものように、ろくに使わぬ史学の書物を片手に訪れた隠し部屋。
そこで眠る従妹を見つめながら、《伯母上》と呼ぶようになっていた《生贄》だった女性に問うた。
「この子に名前はつけないのですか」
伯父上も伯母上も娘のことを「御嬢さん」や「姫」と呼ぶだけで彼女は正式な固有名詞を持たなかった。だから蘭堂もそれにならって「従妹ちゃん」と呼んでいた。
「ええ」
「なぜ」
「刷り込ませないように、と綺静さまが」
「刷り込ませる?」
「もしもこのことが知られてしまい、私と綺静さまが死ぬことがあればこの子は人の世界…私がいた村の、子を授かれない夫婦にでも育んでもらいたいと二人で話したの。
だから、幼いうちに名前を刷り込んでおくと成長してから邪魔になると思って」
「虚しくはないのですか…」
「ええ。虚しいわ。でも良いのよ。限られた時間であろうともこうして愛することができた、この子を宿し産み抱きしめることが出来た。それだけで…私は幸福」
「伯母上」
「…欲を言えば普通の夫婦のように、親子のようにこの子の成長を見守り綺静さまと添い遂げたかったけれど」
伯母上は力強く口元を引き締めた。
「私決めているのよ!もしこの命が終わる瞬間には、来世があるならばまた綺静さまと結びつけてくださいと願いながら息絶えようと」
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