3人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
時計が七時半をさす、夕餉の時間だ。
王である間は《生贄》の血しか飲めない、王の職を手放した父上は揚々と麗しく、未成熟な女を自身の部屋に招いていた。
蘭堂の部屋にもひらひらと服の裾を摘まんだルナが訪れた。
彼女は頭を抱える彼を尻目に燭台が置かれたテーブルに小さな尻を落とす。そして「どうやって食べてくれるの?」と悪戯子の様に目を細めた。
「実は」
言うならばこのタイミングしかない。
「僕、血が苦手なんです」
「あらま」
彼女は眼を丸くした。
そして大げさに驚く素振りを見せながらゆっくりとこちらに近付いてくる。
「こんな血でも?」
親指に出来た瘡蓋を自分の歯で抉り、その指先を近付けてくる。「んっ」と拒む蘭堂の唇に無理矢理、血が出た指を押し付けた。
「えっ」
唾と共にその血を飲み込むと彼は口をぽかんと開けた。
「…甘い?」
「その甘さで分からない?あたしの心臓から流れて、全身を巡るのは何を隠そうチョコレートなの。これはね、私の母さんが犯した罪の証」
罪という単語に、かつて読んだ文献を思い出す。
《生贄》と王は性別学上は男と女であるが、関係上は【食べる者】と【食べられる者】。
どれほど《生贄》が魅力的な女であろうとも絶対にその間に愛だの恋だのは生まれてはならない。
もしそのような感情が生まれ、あまつさえ肉欲を伴った関係が発生し、子を孕んだ場合、その子供の血液は従来の人間に流れる赤いものではなく、チョコレートに変わる。
何ブルート一族の味覚が好まない甘味の味を全身に巡らせることで、もう二度とブルート一族に近付けぬように、吸血鬼に二度と愛されぬように。
「あたしたちはじめましてじゃないわよ?」
「…もしかして」
「知ってるわよね?貴方の父親の前に、伯父さんが僅か五十年…五十年なんて吸血鬼の感覚にしてはほんの一瞬よね、そんな短い間だけ王の座に就き、自ら命を絶った…その時の《生贄》があたしの母親なの」
「あの時の女の子が君?従妹ちゃん?」
ルナは大きく頷いて見せた。
最初のコメントを投稿しよう!