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バスが住宅街を抜けてオフィス街が近づいてきた時、サラリーマン風の男が窓の外を指さして叫んだ。
「来たぞ」
車内にいた全員が同じ方向を見る。バスの後方100メートルほどしたところに茶色物体が立っていた。
人型と言えないこともない。二本の脚で立っていて日本の腕もある。ただし、人間でいう頭のところは山なりに盛り上がっているだけだ。その盛り上がりの中心に3つの穴が開いている。
茶色い物体はぐにゃぐにゃと足と腕を動かす。軟体動物のように動くその動きは見ているだけで不快感がこみあがってくる。
べちゃべちゃと足を動かしてソイツが動いた。信号待ちしているバスに向かって走ってくる。
「車掌さん! 早く出してくれ!」
サラリーマン風の男がヒステリックな叫び声をあげる。俺も叫びだしたくなる気持ちを無理やり抑え込む。あいつらは足は速くない。バスが動き出したら追いつけないはずだ。
信号が青に変わりバスが発進する。茶色い物体は想像通りバスよりは遅く、みるみる距離が離れていく。
サラリーマン風の男がほっとした顔をした直後、ガツンという音と共にバスに衝撃が走った。
「なんだ」「どうした」「何が起こった」バスの中がざわめきだす。
「井上さんあれ」
柳がバス前方を指さす。バスのフロントガラスには茶色い人型の物体が張り付いていた。腕や足はバスとぶつかった衝撃で砕けたのかフロントガラスを茶色く汚していた。
ガツンガツンガツンと衝撃と音が連続で響く。左右の窓にもソイツらが無数に張り付いていた。
バスンと。嫌なが音がバスに響いて。走る速度が遅くなる。先ほどまで聞こえていたエンジン音が聞こえなくなっていた。
窓に張り付いていたソイツが液状になって施錠されている窓に入り込んできた。
「井上さんまずいですよ!」
柳が叫んだ時には私は非常時に扉を開けるハンドルをすでに握りしめてハンドルを横に倒していた。
「ぎゃあああああああ」
窓際に立っていたサラリーマン風の男が絶叫した。大口を上げてその口の中に液状になったソイツが大量に流れ込んでいた。急げ急げ。心の中で叫びながら非常口の扉を全力で開け放っていた。
「行くぞ柳」
バスから飛び降りて全力で走り出す。柳とその後ろに乗客たちが続いて逃げてくる。バスからは数名の悲鳴が聞こえてきていた。
ビルの陰まで走って逃げたところで一息つく。
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