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「あのな、おじさんは昔、君のお母さんが好きだったんだ」
おそらく理解していないであろう彼女の娘に、俺は話しかける。半分は本当で半分は嘘。彼女のことは今も好きだ。
「マーマ?」
「そう、君のママだ」
誰でもいいから聞いてほしかった。けれども、いい年をしたおじさんがこんな女々しい話をしても、ただ気持ち悪いだけだ。
そんな話をするのに、一歳の幼児ほど適した相手はいないのではないか。ある程度のリアクションも返ってくる。
「あのときちゃんと気持ちを伝えられてたら、違った今があったのかな」
「うー……」
「お前は後悔するなよ。絶対美人になるんだから。好きな男ができたら迷わず落とせ。な」
俺は一歳の女の子に、何をアドバイスしているのだろう。
この天使を人質にして「今すぐ離婚して俺のところに来い」なんて言う妄想もしてみる。まあ、彼女の愛情を手に入れられなければ意味はないんだけど……。
それに、今の彼女は幸せそうだ。俺には付け入る隙も資格もない。
好きな人には、ずっと幸せでいてほしい。
俺のこの初恋が、一生叶いませんように。そんなことまで願った。
「ああああああああん!!」
突然、天使が泣き出した。
「おーおー、泣くほど同情してくれるか」
「うああああああああん!!」
揺すってあやしても、一向に泣き止む気配はない。
「そんなわけないか。はいはい、オムツだな。待ってろ、今替えてやるから」
苦笑しながら天使を床に寝かせ、俺はオムツ替えの準備を始めた。
赤ちゃんはいいよな。泣けばオムツを替えてもらえるんだから。
俺のこの気持ちも、新しくまっさらなものに変わってはくれないものか。
そんな馬鹿げたことを思いながら、俺は少し泣いた。
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