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「君にプレゼントがあるんだ」
ルルウは体を離すと、革の鞄から小さな白い箱を取り出した。鼻孔をくすぐる甘い匂いがきつくなる。
「ラズベリー?」
「さすがフィリア。匂う?」
「ええ、凄く」
ルルウはたまに、フィリアが大好きなラズベリージュースを持ってきてくれる。けれども今日は、いつものジュースではないようだ。
漂う濃厚な香りに、喉が焼きつくような感覚を覚える。酷くお腹がすいていることに、今更ながら気がついた。
「開けてみて」
促されるまま箱を開ける。中には、見たことのない茶色い物体が二つ並んでいた。
「チョコレートだよ」と、ルルウが言う。
「チョコ、レート……?」
「そう。今日の任務成功を祝って、軍が配給してるんだ。今となっては貴重なものだからね。フィリアにも食べさせてあげたくて。中にラズベリージャムが入ってるみたいだよ」
「わあ、ありがとう! あ、でも、ルルウの分は?」
「俺はいいよ」
「ダメよ。ルルウは私たちを守るために戦ってくれてるんだから、きちんとご褒美をもらわないと。ね?」
「……分かった。じゃあ一つもらうよ」
ルルウは長い指でチョコレートを摘み上げ、それを口に含む。とたんにピクリと肩を跳ねさせて、彼は瞠目した。
「ルルウ?」
どうかしたのだろうか。不思議に思っていると、ルルウは喉元に手を当てて小さく呟く。
「……おいしい、よ」
「じゃあ私も!」
フィリアが箱に手を伸ばす傍らで、ルルウはベッドから腰を上げた。
「ごめん、上官に呼ばれてて。もう行かないと」
「そっか……」
「また明日来るよ。寂しい思いをさせてごめんね」
頬に添えられた手に、フィリアは両手を重ねる。ルルウを真っ直ぐに見返して、柔らかく微笑んだ。
「私は平気よ。ルルウが来るのを、いつまでもここで待ってる。だから、必ず戻ってきてね」
少しくらい寂しくてもかまわない。
外に出られなくても我慢できる。
どんなに辛い世界ででも、ルルウさえいれば生きて行ける。心の底から、そう思うから。
「ーー本当だ。凄く、おいしい」
彼がいなくなった後、一人で口にしたチョコレート。
それは、とびきり甘くてまろやかで。
まるで初めから何も存在しなかったかのように、舌の上で跡形もなく消えてしまった。
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