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「はい。あげる」
差し出されたチョコレート。持ってくる枚数はいつもバラバラだ。一枚のときもあるし、十数枚の時もある。今日は、三枚。コレクションが、三枚増えた。
私は冷蔵庫に向かう。そしてその扉をあけた。
持っている板チョコを並べようと、冷蔵庫内に手を入れた。そして気付く。まるで冷えていないことに。ほとんどそれは部屋内と同じ、いや、それ以上に蒸していることに。
「なにこれ」
私は持っている板チョコを、重ねて並べてある上に乗せようとして、その板チョコに、手をあててしまった。
ぐにゃり。
手にあたった板チョコが、曲がった。ラベルのまま、曲がった。
「なに、これ」
試しに冷蔵庫内の板チョコを持ってみる。
キモチワルイ。
悪寒が全身を走った。謎の生命体でも持ち上げているように、妙な触感が生々しい。生きているみたい。ラベル越しなのに、その粘性が腕に纏わりついてきそうだ。
思わず、手を離す。
ベチャ。
へばりつく、音。
私は停止しかけている頭の中で、掃除の時に思い切って冷蔵庫を動かしたことを思い出した。その時に電源を抜いていたことも。
冷蔵庫の中をのぞく。
一見したら、整頓されている。綺麗に、並び、重なっている。
でも、その中身は。
ぐにゃり。べちゃ。
身体の中の物が逆流してくる感覚。慌てて流し台に向かった。どんなにその物を吐きだそうとしても、酸っぱい胃液しか出てこない。当たり前だ。空っぽなのだから。当然だ。何も食べていないのだから。
「どうしたの? レイちゃん」
彼の声。心配そうな彼の声。私は顔を上げる。彼を見る。そうすることで、自分の世界を取り戻そうとした。あの、彼の、優しい、甘い、世界に。
「大丈夫? レイちゃん」
ぐにゃり。
彼の顔が、歪んだ。
べちゃ。
彼の顔が、ひしゃげた。
もう駄目だ。私は、倒れる。気を失う。意識が遠のくことを悟った私。そしてその刹那、鼻がとらえた香り。
それはもうどうしようもない、甘い甘いチョコレートだった。
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