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ロータリーを横切って駅の構内に入る。切符を買ったりベンチで休んだりしてんのは老人ばっかで、くそ田舎め、と改めてうんざりした。
「じゃ」
改札口で結以に振り返り、片手を軽く上げた。ここから私鉄で三つ行った駅から特急に乗れば、もう東京だ。ん、と結以も小さく応じた。水色のワンピースを着た結以、やっぱ胸デカい。
「土産は東京ばな奈な」
「……あんたってほんと、創意工夫ってやつがないよね」
結以が肩をすくめて文句を言う。東京ばな奈、食べてえくせに。
「もう行くわ」
身を翻して前に一歩繰り出した直後、オレの服に違和感が生じた。振り向いたら、結以がちょっと俯き気味にして、オレのTシャツの裾を掴んでいた。
「雄也」
なに、と訊く。口をつぐんでしまった結以に「特急の時間、遅れんだけど」と急かしたら、結以はオレのぼろいスニーカーに目線を落としたまま、口を開いた。
「ムカついた時当たり散らせるの、あんたしかいないの」
結以らしくない、遠慮したような声。でもオレは結以が何を言いたいのか分かってるので、わざとふざけてみせる。
「オレだってお前のそのきょにゅー、拝みたんねーよ」
「アホ」
普段下ネタにはマジギレで返す結以が、ふにゃりと笑ってオレの目を見た。オレは確実に安心する。結以の背景にはこの駅の唯一の特徴である、無名作家のよく分かんねえ壁画が見えている。
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