始まりの場所、帰る場所

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「これ。兄貴の卒制の原案」  ラフとはいえしっかり着色も施されたその絵は、兄貴が完成させるはずだった卒制の縮小版、と言えるものなんだろう。手前に金木犀だかなんだか、黄色っぽい木があって、その向こうに二つの人影がある。ランドセルを背負った男女の子どもは、その奥にある夕焼けのせいで影になっていて、顔は描かれていない。それでも男女だと分かるのは、女の方が耳の辺りで二つ縛りをしているからだった。  まつげを伏せて絵に見入っていた結以は、ある瞬間で何かに思い至ったらしく、影の部分にそっと触れた。手の甲が不自然にぴくぴくして、指先はためらいがちに子どもの上を行ったり来たりしている。 「……タイトルは?」  消え入りそうな掠れた声を、無理矢理絞り出して結以はオレに問うた。 「『始まりの場所、帰る場所』」  って、裏に書いてある。オレがそう言って左側のベッドに肘を置いた時、太陽を覆っていた雲が急に移動して、外が明るくなった。窓から陽光が射し込んで、それは結以の顔を左半分だけ照らす。空中を舞う埃が、きらきらと輝く。  ゆっくりとまばたきを一つした結以の下瞼からつるっと何かが滑り落ちて、あ、とオレは思った。 「――晴ちゃん」  結以が、兄貴を呼ぶ。晴ちゃん、ともう一度呼んだ瞬間、絵の上に丸い水が落ちてじわりと染み込んだ。慌てて、結以はオレにスケッチブックを突き返す。  二人の子どもは、今にも画面手前に向かって駆け出しそうにしていた。たぶんその先に、誰かがいるんだろう。  オレんちの庭には、敷地からはみ出すようにして茂る金木犀がある。そして結以は小学生の頃髪が長くて、よく二つ縛りにしていた。
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