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「結以」
オレは結以に「大好き」なんて言われたことねえし、兄貴には勝てない。でもそれは今の話で、もしかしたらこの先は、分かんないかもしれない。
「オレは東京行く」
結以がゆっくり、顔を上げた。結以の目元は赤く痙攣して、オレは試しに、勢いで結以の頬を手でこする。そこは火照って熱くて、でも涙は冷たかった。それにびっくりして、オレはもう片方のほっぺたもごしごし拭ってやった。ジグザグの一本線だった涙の筋が、ばっと広がって消える。
「やめろっつうの」
本気でいやそうにオレの手をどけた結以の顔全体に、陽がかかった。瞬間、湧き立ったみたいに結以のにおいがぐわっとオレに押し寄せて、オレは「好きだ」と言いかけてしまったけど、呑み込む。ここで伝えるべきことはそれじゃない。
「でも、帰ってくる。殺されても……じゃなくて、ぜってえ生きたまま帰ってくっから」
ほとんど告白だった。あとなんか、ありがちな死亡フラグみたいな台詞だった。やべえ、と途端に不安になる。つまさきに落ちた陽の光の熱が、くっきりと浮かび上がって迫ってきた。背筋がむずむずする。
結以は二重の瞳を少し大きくさせてオレをじっと見た。オレはますます焦って、「マジです」と変な発言を重ねてしまう。でも結以は、しばらくすると「アホ」と呟いて、ふにゃりと口の端を緩めた。
「帰ってこなかったら殺す」
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