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そんなことを思い出したのは、結以と一緒に駅へ向かう途中、通りがかったスーパーの前に大量のミカンが積まれていたからだった。アスファルトにごろごろとキャリーケースを転がす音は、片側二車線の道路を時節通り過ぎる車のエンジン音に掻き消される。田舎らしく、駅のすぐ近くまで辿り着いてもオレら以外の人の姿はほとんどなかった。駅周りは開発されて田んぼもなく道路も広いのに、人がいないとなんだかむなしい。三月にしてはあったかい気温、腕時計は十一時を指している。
今日、オレは東京に発つ。親父たちが結以一人に見送りを頼んだのは、たぶんオレへの気遣いだろう。奴らはにやにやして、演技の涙すらなくいつも通りにオレを追い出した。その下品な笑い方は、兄貴そっくりだった。いや兄貴が親父たちそっくりなのか。
「あんたほんとに一人暮らしできんの? 野垂れ死ぬんじゃないの?」
「うるせーうるせー、つーかそれ何回目だよ」
オレんちから駅まで、横でわーわーがなり立てる結以を適当にあしらい続けてたら、「なにその態度!」とついにキレられた。でもオレは無視を決め込んで、ふっと目の前に現れた建物を見上げる。駅裏の、古ぼけたラブホ。
「一回でいーからお前とここ来たかったな」
と呟いたら、マジでドン引いた顔された。
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