始まりの場所、帰る場所

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 兄貴が都内の美大の日本画科に現役で合格して上京しちまった日、見送りの結以はオレの隣でびーびー泣いていた。ボストンバッグを提げた兄貴はちょっと困ったように苦笑して、結以の頭に手をのせると、いつもやるみたいにふわふわ撫で回した。一生のお別れじゃないんだから。兄貴が言うと、結以はやっと泣きやんで、こくりと頷いた。 「またね」  兄貴はいつもそう言ってオレたちと別れた。兄貴が帰省するたび、オレは兄貴の中に「変わったもの」を探そうとしたけど、結局それはいつまで経っても見つからなかった。東京で生活するようになってからも、兄貴は兄貴のまんま、笑っていた。 「またね」  去っていく兄貴に、結以はおんなじ言葉を返して見送った。オレと二人して駅までついてって、改札ごしにぶんぶん手を振った。一昨年の夏、兄貴は「卒制を進めたいから」っつってそれまでの夏休みより早めに東京に戻ってって、そして、帰ってこなかった。だから結以の「またね」は、永遠に宙に浮いたまま、ぷかぷかとそこらへんを漂っている。  *
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