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「自分で決めたんだ、後悔してない。大体海外留学なんて、そんなものにどれほどの価値があるって言うんだ? お前と秤にかけるまでもないだろ」
さらりとそんなセリフを投げて寄越す。
真っ直ぐに沙耶を見て、
珍しく真顔で、
そこに揶揄のひとつもない。
海外留学より沙耶のほうが大事と。
沙耶にとってそれは嬉しい言葉だが、
入院と手術を延期してまで守ろうとした駿の海外留学、
沙耶のその努力がムダに終わった事になる。
でも。
考えてみたら人生なんてムダの連続なのかもしれない。
間違えたり失敗したり、
色んなムダを積み重ねながら、
ムダじゃないものが出来上がっていく。
自分がムダと思っていたものも、
実はムダじゃないのかもしれない。
主治医に沙耶の目覚めを知らせるため、
ベッドの頭上にあるナースコールを押そうと、
手を伸ばした駿の服を沙耶が掴む。
視線を寄越した我が王子を見上げ沙耶が言う。
「聞こえてたよ」
「うん?」
「駿が私を呼ぶ声、全部聞こえてた。返事をしようと思ったんだけど、なかなかうまくいかなくて、返事する事ができなかった」
夢の中で聞こえ続けていたあの駿の声は全部現実。
今なら確信でそう言える。
何度も何度も名前を呼び、
痛いくらいに必死で呼び続けて、
あの声をハッキリ覚えている。
駿の服を掴んで離さないまま、
沙耶が言う。
「私……駿の傍にいたい。この先もずっとずっと、駿と一緒に生きていきたい、駿と生きたい」
気付けばいつも傍にいてくれた。
当たり前のように傍にいてくれて、
一人ぽっちの自分をいつも支えてくれた。
たくさんの苦しい事も悲しい事もだから乗り越えてこれた。
神様が寂しがり屋の少女に与えてくれた王子様。
唯一無二の王子。
この先もずっと傍にいたい……。
少し不安げに見上げる彼女の顔をじっと見つめた後、
駿は小さく頷いた。
そして、
一語一語を、
噛みしめるように言った。
「沙耶と生きたい!」
いつしか窓の外の雨はやみ、
雲間に一筋の眩しい光。
ねぇ。
私達の未来は、
きっと想像以上に光り輝いている。
そう信じてみる。
【END】
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