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眠り続けて目覚めない沙耶に、
駿は何度も名前を呼び、
何度も話しかけた。
興味を惹くような話をしてみたり、
沙耶の大好物のスイーツやポーチドエッグを作ってきて、
目の前で美味しそうに食べるフリをしてみたり。
だが沙耶が反応を示す事はなかった。
後に残るのは虚しさだけ。
ベッド脇に置かれた簡易イスに座り、
駿はぼんやり窓の外を見た。
春の天気は気まぐれで変わりやすい。
つい先程まで太陽が見えていたが、
今は一転、
雲がかかり雨が落ちていた。
ベッドの中で眠る沙耶に視線を戻した後、
駿が言う。
「沙耶……お前いつまで寝てるつもりなんだ? いい加減さっさと起きろ、しばくぞ」
まるで4ヶ月前までの2人の日常を再現するように。
声が聞きたい。
話がしたい。
笑ったり怒ったり、
ふざけ合ったり、
くだらないおしゃべり、
一緒に食事して、
一緒に駆け足で登校して、
2人で過ごしてきたありふれた日常が今はない。
「寝飽きるくらいもう十分寝ただろう。だからさ、そろそろ起きないか? なぁ、起きろよ……起きて話をしよう、沙耶」
駿は顔を寄せて、
沙耶にキスをした。
駿の目に涙が浮かび不覚にも、
ポロリ、沙耶の頬に1粒落ちる。
すぐに顔を上げて、
何事もなかったかのように窓際に歩いて行く。
外の暗い雨空を少しの間眺め、
窓の外を見たままで言う。
「お前の大好きなポーチドエッグをたくさん作ってやるよ。それを持って、一緒に桜を見に行かないか? 今日はすごく天気がいい」
「嘘つき。雨が降ってるよ」
唐突に駿の耳にそんな声が届く。
後ろを振り向くと、
4ヶ月間昏々と眠り続けていた少女は、
ベッドの中でパッチリと目を開けて、
駿を見ていた。
沙耶の視界に、
ベッドサイドテーブル上の桜が見えた。
満開の綺麗な桜。
寝起きの少し掠れた声で、
不思議そうに沙耶が言う。
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