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次に電話がかかってきたのは、その二日あとだった。この一週間、私は夜の十時になると携帯電話の前で呆けていた。電話を待っているその様子を、忠犬のようだと、私は自分で思っていた。電話に出ると、少し枯れた彼の声がした。その瞬間、まるで止まっていた血が体中に通ったように、暖かくなった。
「インフルエンザにかかってしまってね」
彼の話を聞くと、この一週間病気で寝込んでいたようだ。その影響で喉をやられてしまったらしく、ようやく声が戻ってきたので電話をかけてきたと言う。
「まだ本調子じゃないんだ。早々で悪いんだけど、そろそろ・・・」
時計に目をやると、十時を十五分ほど過ぎたころだった。口惜しいが、彼もまだ本調子ではないと言っているのだ。それに、電話は明日もかかってくる。
きっとそのはずなのに、えも知れぬ不安感が頭をよぎる。気がつけば私は口を開いていた。何を言ったのか自分でもわからなかった。
「何か言ったかい?」
それは彼の耳にも届いていなかった。自分が何を言いたかったのかわからないまま、少しの間が空く。何か言わなければ、きっと電話は切れる。挨拶もなく、彼の勘違いだったと済んでしまう。何か言わなければ。
「ま、また・・・」
「ああ、またね」
ほんの数秒、間をおいて電話は切れた。心臓がばくばくと音を立てている。挨拶もせずに電話が切れていたはずの毎日に、ひとつの変化が訪れた。それは自然と口から出た言葉で、きっと、ずっと言いたい言葉だっただろう。
明日も電話はかかってくるだろうか。きっとかかってくるだろう。だって彼は、「またね」と言ったから。
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