第1章

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 昨年、夏場にみどりさんとこのやりとりを繰り返したのは、一度や二度ではなかったはずだ。今年も、そんな季節がきたのか、と思わなくもない。でも、一年前には笑って繰り返せたこのやりとりが、今年はたったの一度で、胃にもたれた。 「出汁(だし)」の田中(たなか)さんが種桶(たねおけ)をふたつ抱えて、クーラー室から出て行った。  桶ふたつ分のスペースが空いたということだ。  私の仕事はそのスペースを埋めることだ。せっかく、縦横、揃えて埋めたブロックを、敵の田中さんは容赦なく破壊していく。私は破壊されたスペースを古い桶順に詰めて、空いた隙間を埋めるために卵を割る。祥子さんからゲームオーバーを告げられるまで、その戦いは延々と続く。私も田中さんも、自分で考えることはひとつもない。決められた数の卵を、決められた通りに器械で割るのが私で、決められた分量の出汁を、決められた手順で混ぜるのが田中さんだった。  みどりさんが苦手なのは、遠心機に卵を移す作業のことだ。  ひよこ五十羽ぶんの卵を、ひとつひとつ、手で割ってなどいられない。 遠心機にかければ、ものの一分で済むことだ。でも、移す時にちょっとしたコツがいる。  最初にそのコツを、私に教えてくれたのは、みどりさんのはずだった。  
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