58人が本棚に入れています
本棚に追加
志津音には一つ下の弟、和重がいる。そして父と母の四人家族だった。
病が発覚したのは、7月の終わり頃。随分、風邪が長引くと思っていた。
だが、蝉時雨の降りしきる午後、激しく咳き込むと同時に大量に喀血をし意識を失った。
気づいたら、このサナトリウムにいた。いわば、隔離だ。家族はもう、二度と顔を出さないだろう。大事な弟に移したら大変だもの、当然の事だろう、と志津音は思う。
…夢を見ていた。夏休み、弟とよく蝉を取ったりしたものだ。川遊びも。とても、楽しかった……
ふと目を覚ますと、時刻は午後4時になるところだ。所謂、逢魔が刻というやつだ。
ベッドで横になりながら、何気なく外を眺める。既に日は傾き、薄暗くなり始めていた。
「ごほっごほごほっ、けほげほ…」
軽く咳が出始める。彼女はなるべく静かに咳をしようと努めた。咳の赴くままにし続けると、喀血してしまい兼ねないからだ。全身で咳と戦う。その小柄で華奢な体は、今にも折れてしまいそうだ。
「あー、ヤレヤレ。しばらくはこのサナトリウムとやらで仕事か。陰気臭いこんな場所、サッサと魂刈って終わりにしたいぜ」
彼はいい加減うんざりしていた。その男は、人間では無い。
俗に言う死神の役目を司る。彼の今回の担当は、サナトリウムだった。死神手帳に記された名前を元に、死すべき宿命にある者の魂を刈り取る。それが彼の役目である。その刈り取られた魂は、闇と光を司る大天使ウリエルへ引き渡し、その後神にその魂を委ねるのが正式なやり方だ。とにかく、彼は魂を刈りウリエルに引き渡す迄が仕事。それ以降は知った事ではないのだ。
彼はサナトリウムへ姿を現し、今回刈る予定の名簿を確認した。
ある部屋の前で立ち止まる。その部屋の患者の名は~寺島志津音~くぐもった咳が微かに聞こえる。男はそっとドアをすり抜けた。
志津音は何かの気配を感じ、軽く咳をしながらそっと体を起こす。
「あなたは……」
ドアの前に、男が立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!