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第4話 白き花は闇に咲き
日差しがポカポカと暖かい。
小鳥のさえずり、
青空に浮かぶ白い雲。
時折、
頬を撫でる風が心地良い…。
小春日和とはこの事を言うのだろう。
志津音は嬉しそうに空を見上げた。
翌朝目覚めると、
体がとても楽になっていた。
36.3℃…平熱になっている。
「良かったわね。
無理は禁物だけど、
朝食後に少し休んで体調が良かったら
お庭に出ても良さそうだ、
て先生がおっしゃってたわよ」
看護婦の山崎は笑顔で志津音の頭を撫でる。
「本当?嬉しい」
志津音は久々に満面の笑みを見せた。
…このサナトリウム来て以来、
彼女の心からの笑顔を見た事が無かった山崎は
目がしらが熱くなる…。
ここに来る患者さんは笑わない。
ほとんどがそうだ。
そして時折見せる心からの笑顔。
それは、
医師からの外出が許可された時のみ…。
外出と言っても、
せいぜい庭をゆっくりと歩く程度。
それも30分いられるかどうかなのだが…。
それでも、
患者には何よりも嬉しい事なのだ。
山崎には彼らの気持ちが痛いほど伝わっていた。
そしてまた、
この病気にはよくある、
死の一週間程前に
一時的に小康状態があるという事も。
その間に、
可能な限り好きな事をさせてあげたい。
このサナトリウムのスタッフ全員の想いだった。
志津音は白いワンピースに袖を通す。
母親の手編みで作られたものだ。
着る物は、
ここに運ばれる時に一緒に持たせてくれたらしい。
志津音はそれだけで嬉しかった。
このワンピースには、
母親の自分へのありったけの愛が込められている。
出来上がった頃は春真っ盛りだった為、
まだ、
一度も袖を通していなかった。
「あら!お似合いね!」
山崎は目を細めて志津音を見つめる。
「ありがとう」
志津音は少しはにかんだように微笑んだ。
少し厚手の白いカーディガンを羽織り、
志津音はゆっくりと庭へと歩みを進めた。
「わー、ポカポカだ…」
志津音は外へ出るなり、
眩しさに目を細めつつ
そう呟いた。
…微かな風が頬を撫でていく…
小鳥はさえずり、
庭に咲き誇る椿たちは、
陽の光を受けて嬉しそうだ。
庭といっても
結構広い。
椿はちょっとした並木のようになっているし、
春には桜並木も味わえる。
四季折々の花々が植えられ、
そこは、50坪程度の憩いのパラダイスなのだ。
志津音は椿並木に設けられたベンチに腰を下ろした。
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