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第1話 闇は白き花と出会う
…大正13年12月末…
そのサナトリウムでは、スタッフが大晦日を迎える準備をしていた。
結核。その時代は人から人へと感染し、死の病として恐れられ、避けられていた。だから、そこの患者にはほとんど身内は訪ねて来ない。言わば患者からしたら、スタッフが家族のようなものだ。
「綺麗に咲いたのね」
その少女は、病室の窓から庭を眺めるのが好きだった。その庭はかなり広く、白樺や四季折々の花が植えられていて患者の目を楽しませ和ませてくれる。
「あらあら、外は寒いから窓は閉めなければダメよ」
看護婦はそう言って、少女の病室に入ってきた。白衣に身を包んだふくよかな看護婦は、笑うとえくぼが可愛らしい。年のころは22.3歳だろうか。
「さ、体温を測りましょうね」
看護婦はそう言って少女に体温計を渡すと、そっと窓を閉めた。
「夕べ、喀血したばかりなんだから安静にしてないとね」
彼女は優しく少女の頭を撫でる。
「有難う。心配してくれて。椿、とっても綺麗に咲いているでしょ?赤いのと白いの。そしてピンクの……」
少女はそう言って、寂しそうに微笑んだ。
「そうね、綺麗に咲いたわね」
看護婦は、少女から体温計を受け取る。
「38度2分、絶対安静よ」
彼女は少女の華奢で折れそうなほど細い肩を抱え、そっとベッドに寝かせた。
「ね、山崎さん。死神様の噂知ってる? このところね、全身黒づくめの死神が、大鎌を持ってこのサナトリウムにうろついているらしいの。でね、その死神を見ると一週間以内に死ぬんですって。そういえば、隣の部屋の……」
山崎と呼ばれた看護婦は、少女の唇にそっと自身の人差し指を当て、
「単なる噂ですよ。死神なんて縁起でもない。それより、一日も早く元気になってご家族の元へ帰らないと、ですよ」
と明るく笑った。
「そうね。ごめんなさい」
少女は素直に謝り、悲しげな笑みを浮かべた。看護婦が病室を出ていくのを見送ると、
少女はそっとため息をついた。大きくため息をつくと、咳が止まらなくなる事がある。
当に経験済みだ。
…家族…
彼らにはもう、生きて会う事は無いだろう。それでも、少女はこのサナトリウムのお金を払い続けてくれている家族に感謝していた。
少女の名は、寺島志津音来年1月に誕生日を迎えると16歳になる。
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