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定年退職まであと4年を控えたひろしは、一人の市役所職員である。彼はもういい加減のおじさんだ。世間からすればおじさんというのは、決して若くはなく、代謝も良くなく、現役最後を迎えようとする、納税面や家計出費面、仕事面ではかなり苦労する世代というところだ。
いくら公務員であるとはいえ、彼もまた、例に漏れずそういう‘おじさん’であり、決して苦労しないわけではないのだ。
彼はごま塩の頭に、少し白い毛の入った眉毛、背の高い浅黒男、といった風であった。あまり身だしなみこそ気にはしないが、結構自身の忘れ物などには聡い、几帳面な性格だった。一瞬見たものの記憶力も、ついでながら視力もよい。緑のポロシャツが私服でお気に入りの男だった。
さて、彼の趣味は、運動がてら行う、家の近くの散歩である。太平洋に面したこの市は、海からの影響をもろに喰らう街であった。都会から離れたこの観光都市は、夏が集客状況的に9割以上のかきいれ時だが、近年は広い浜辺に海の家も出なくなってしまうほど、客足が遠退いている。
ある年の夏、ひろしはいつも通り、浜辺や港などを歩いて、一周して家に帰るという散歩にでた。この年、異常なまでに海からのもやがすごく、海から離れた奥の方まで遠く覆われるほどだった。蒸し暑さと良い香りを含んだ磯や潮のもやと、湿気の強さで、辺りは嗅覚も視覚も奪われることが、夜中に何日も続いた。
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