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「ち、よ、こ、れ、い、と」
言葉と共に、階段を一段ずつ上がっていく市と、それを、下の方で悔しそうに見つめる梦。
俺はそれを、中段あたりから見守っていた。父親として。
海からの風が吹いている。
「ジャンケン、ポン」
「ジャンケン、ポン!」
二人の声が、揃う。
さすが、双子ーーーと思うのは、俺が、二人を双子のイメージで見てるからだろうな。ただ、二人が生まれて5年。ずっと、そんなシンクロばかりを見てくれば、いやでも、そう思う。
「ぐ、り、こ」
また市が勝ち、二人の差が開く。
市も梦も勝負事には強いが、梦よりも、市の方が頭が切れる。梦のクセなら、親の自分よりも知っていて、うまくそれを活用している。
次に、市がパーかチョキで勝てば、ゴールだ。
梦を見れば、むくれ顔が増している。
市を振り返ると、梦を見つめて微笑んでいた。勝ち誇ってるのでもなく、得意気でもなく。
「ジャンケン、ポン」
「ジャンケン、ポン!」
勝ったのは、梦だった。
「ち、よ、こ、れ、い、と!」
嬉しそうに階段をのぼる梦を見た後で、市を見ると、不思議そうに自分の手のひらを見つめていた。
「ジャンケン、ポン」
「ジャンケン、ポン!」
また、梦の勝ち。
「ぱ、い、な、つ、ぷ、る」
二人の差が、縮まっていく。
「ジャンケン、ポン!」
「ジャンケン、ポン!」
梦がパーを出し、市がチョキを出す。
「あー!!」
梦の悲痛な叫びが響いた。
「ち、よ、こ、れ、い、と」
階段の一番上に立った市が、くるりと振り返った。
「僕の勝ち」
「もう一回!」
さっきから、これの繰り返しだ。どうやっても、市が勝ち、梦がもうひと勝負を申し出る。
「もう終わり。帰るぞ」
二人に声をかけると、市は「はーい」と応じてくれたが、梦は答えない。
「市に勝ちたいぃ~」
「勝つまでやる気か?」
梦は、力強く頷いた。
「僕、疲れた」
市がその場に座り込む。
体力だけなら、梦は市に勝っている。
「ほら、市が疲れたってよ。帰るぞ」
「じゃあ、とと!」
「俺ぇ?」
「一回!」
「勝っても負けても、一回か?」
「一回!」
「絶対な?」
「うん!」
仕方なく、俺は梦とともに、一番下へ降りていった。
「ジャーンケーン、ポン!」
俺の掛け声で始まった勝負は、市と梦の勝負より、遥かに拮抗していた。お互い、追い抜き追い越され。
俺の愛する妻が、いつか言っていた。梦は、俺に似てるのだと。
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