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だからこそ、今は、ふと考えてしまう。
もし、あの時、僕が『教師』と『生徒』の一線を越えていたらどうだっただろう…。
もし、あの時、君が勇気を振り絞って言ってくれた告白を受けていたらどうだっただろう…、と…。
でも、教壇に立てたのがたった1年間だけだったとしても、その1年間、君の教師になれたことが嬉しかった。
君が卒業した日。
1年前より大きくなった背中を見て、自分のことのように誇らしく思えた。
同時に、君のいない世界の静けさを知った。
天宮。
君の、僕がいなくなった世界はどんな風に映っているのだろうか。
それとも、もう別の誰かを映しているのだろうか?
それでもいい。君が元気で幸せに暮らしているのなら。
僕は、今まで『運命』とか『必然』とか『生まれ変わり』とか、そんなものは信じなかった。
自分が歩き、選択してきた道が〝運命〟という名の道になるだけで、決められた道などありはしない。いつだってその道を決めるのは自分自身だ。この世にあるのは偶然だけで、自分の選択した道が偶然重なって物事は起きていく。必然なんてあってたまるか。
人間は個々の生き物だ。生まれ変わりなんてバカバカしい。
そう思ってたんだ。
でも、君と出逢った時、初めて『運命』というものがあるのかもしれないと思った。僕達の出逢いが『必然』であると思った。『生まれ変わり』というものがあってほしいと思った。いや、そう信じたかった。
そうすれば、いつかきっとまた君に逢えると思った…。……出逢いたいと思った。
身勝手だと、図々しい願いだと分かっている。でも…………。
もしどこかで、君と出逢えたなら『教師』と『生徒』ではなく、『ただの1人の男性』として出逢いたい。
…できるなら君も『ただの1人の女性』として出逢いたい。
だから、『その日』が訪れるまで、これを君に預けます。
千代春名より』
手紙を読みきった後、封筒を確かめる。
残っていた物を取り出して見てみると、それはしおりだった。黄ばんでいたことから長い年月が経っているのだと分かる。
桜の花びらをセロハンテープで貼りつけただけの簡易なしおり。
花びらは2枚貼られていて、その貼られた2枚の花びらは、ハートの形をしていた。
何気なく裏返すと、そこに書かれたたった1行のメッセージ。
『光桜が好きだ』
自分の頬に涙が伝う。
そういうことだったんだ……。
先生が私に敬語を使わせなかった理由も。告白を断った理由も。
先生は、最後まで私の『先生』であろうとした。
私を1人ぼっちにさせないために…。
『口止めされてた』
『何をしていたのかも』
『頼まれただけだから…』
マスターの言葉と、手紙の中の先生の別れを表す言葉で、すべてを悟った。
ああ………そうか……。
先生は、もう……………。
「……マスター。
……先生は。千代先生は、もう………この世にはいないんですね…」
「……え?」
咲夜の声が消える。
「…………………………」
マスターは何も答えなかった。
それが、答えだった……。
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