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「それは悲しかったな」
「そうなのよぉ~……」
「ハイハイ。
それ、もう1月に入ってから200回は聞いてる」
私の話を、もう耳タコだと打ち切り、ウンザリしたように答える咲夜。
今日はまだ3回しか話してないじゃない。
まだまだ言い足りないのに…。
恨めしい気持ちを込めながらお酒を飲む。
「咲夜、お前も大変だな」
横から入ってきたのは、30をまだ2つ過ぎただけの若手のマスター。
洗ったガラスコップを拭きながら苦笑している。
「もう慣れましたよ。
まぁ、こっちも上司の愚痴を聞いてもらってるんでおあいこですね」
「でも、光桜ちゃんは毎回同じ話だろ。それを聞いてるの咲夜くらいだぞ。
そういえば、もう少ししたら入社して丸1年経つんだよな。仕事は慣れたか?」
「慣れましたけど、大変ですね」
話の内容が仕事に変わる。咲夜に同意して私もコクコクと頷いた。
「こいつはこいつで、仕事で失敗するし」
左手の親指で差されながら失敗談を暴露され、ムッと眉を寄せる。
「ごめんって。てか、それはもう謝ったじゃない。
それを言うなら咲夜だって、大切な書類を失くしたのに内容を記憶してて助けてあげたのは誰でしたっけね」
暴露されたらこっちだって暴露しなければ気が済まない。
ギャーギャー言い合っていると、マスターが横槍というか茶々を入れてきた。
「お前ら、いっそ付き合ったらどうだ?」
「「それはないです」」
マスターの冗談に、私と咲夜は真顔で同時にバッサリ切り捨てる。
しんみりと暗いバーのカウンターでお酒を呑みながら、私は咲夜に高校時代の失恋を語っていた。
彼は同じ会社の同期で年齢も一緒。会社の新歓で馬が合って以来、よくこうして一緒に呑みに来る。周りから見れば私達は恋人同士に見えるのかもしれない。でも、彼と私は友達で恋人ではない。彼も私を友達として見ている。
私の名前は天宮光桜。
今は22歳のOL。
私には、高校3年生の時、好きな人がいた。
その人と出逢ったのは、高3に上がって初めての始業式の日。産休で休んでいる担任の代理で私のクラスの担任になった。
初めて先生を見たのは、体育館で先生の自己紹介がされた時。私は先生を見た瞬間、一目惚れした。我ながら単純だと思う。
でも、体中を流れる血が騒ぎ、激しく脈を打ち、先生の顔が頭から離れなくなった。
その時、恋をしたら世界が色づくことが本当だと知った。別に今までの生き方に不満があったわけじゃない。でも、先生に出逢ってからは、さらに世界が色づいて見えた。
同時に、昔友達との恋愛話で『そんなことあるわけない』とバカにしていた自分を殴りたくなった。
先生からすれば、私は数ある多くの一生徒。
私は先生に少しでも興味を持ってほしくて、よく喋りかけた。そしたら、先生と話す度に触れる優しさに、どんどん好きになっていった。
1番好きなのは、私の頭を撫でて白い歯を見せて笑う先生だった。冷静で大人の雰囲気を持つ先生が、子供のようなあどけない笑顔を見せてくれることが大好きだった。
先生は私の1番嫌いだった数学の担当だった。
それを知った瞬間、今まで苦手を放置していた自分を恨んだ。でも、恨んだところで好きになれるわけでも得意になれるわけでもない。頑張るしかなかった。
それでも、定期テストはもちろん、小テストでも私は赤点を取っていた。そして、その度に教室の窓際にある机を向かい合わせて2人で補習。
その時間は、友達と遊ぶより、家族でご飯を食べるよりも、幸せに感じた。
公式の説明を受けながら、チラリと先生を盗み見る。
サラリと揺れた先生の前髪。そこから覗く先生の瞳。
ドキッと心臓が跳ねる。
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