手紙と預け物

3/14
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「それは悲しかったな」 「そうなのよぉ~……」 「ハイハイ。 それ、もう1月(今年)に入ってから200回は聞いてる」 私の話を、もう耳タコだと打ち切り、ウンザリしたように答える咲夜(さくや)。 今日はまだ3回しか話してないじゃない。 まだまだ言い足りないのに…。 恨めしい気持ちを込めながらお酒を飲む。 「咲夜、お前も大変だな」 横から入ってきたのは、30をまだ2つ過ぎただけの若手のマスター。 洗ったガラスコップを拭きながら苦笑している。 「もう慣れましたよ。 まぁ、こっちも上司の愚痴を聞いてもらってるんでおあいこですね」 「でも、光桜(みお)ちゃんは毎回同じ話だろ。それを聞いてるの咲夜くらいだぞ。 そういえば、もう少ししたら入社して丸1年経つんだよな。仕事は慣れたか?」 「慣れましたけど、大変ですね」 話の内容が仕事に変わる。咲夜に同意して私もコクコクと頷いた。 「こいつはこいつで、仕事で失敗(ヘマ)するし」 左手の親指で差されながら失敗談を暴露され、ムッと眉を寄せる。 「ごめんって。てか、それはもう謝ったじゃない。 それを言うなら咲夜だって、大切な書類を()くしたのに内容を記憶してて助けてあげたのは誰でしたっけね」 暴露されたらこっちだって暴露しなければ気が済まない。 ギャーギャー言い合っていると、マスターが横槍というか茶々を入れてきた。 「お前ら、いっそ付き合ったらどうだ?」 「「それはないです」」 マスターの冗談に、私と咲夜は真顔で同時にバッサリ切り捨てる。 しんみりと暗いバーのカウンターでお酒を呑みながら、私は咲夜に高校時代の失恋を語っていた。 彼は同じ会社の同期で年齢も一緒。会社の新歓で馬が合って以来、よくこうして一緒に呑みに来る。周りから見れば私達は恋人同士に見えるのかもしれない。でも、彼と私は友達で恋人ではない。彼も私を友達として見ている。 私の名前は天宮(あまみや)光桜(みお)。 今は22歳のOL。 私には、高校3年生の時、好きな人がいた。 その人と出逢ったのは、高3に上がって初めての始業式の日。産休で休んでいる担任の代理で私のクラスの担任になった。 初めて先生を見たのは、体育館で先生の自己紹介がされた時。私は先生を見た瞬間、一目惚れした。我ながら単純だと思う。 でも、体中を流れる血が騒ぎ、激しく脈を打ち、先生の顔が頭から離れなくなった。 その時、恋をしたら世界が色づくことが本当だと知った。別に今までの生き方に不満があったわけじゃない。でも、先生に出逢ってからは、さらに世界が色づいて見えた。 同時に、昔友達との恋愛話で『そんなことあるわけない』とバカにしていた自分を殴りたくなった。 先生からすれば、私は数ある多くの一生徒。 私は先生に少しでも興味を持ってほしくて、よく喋りかけた。そしたら、先生と話す度に触れる優しさに、どんどん好きになっていった。 1番好きなのは、私の頭を撫でて白い歯を見せて笑う先生だった。冷静で大人の雰囲気を持つ先生が、子供のようなあどけない笑顔を見せてくれることが大好きだった。 先生は私の1番嫌いだった数学の担当だった。 それを知った瞬間、今まで苦手を放置していた自分を恨んだ。でも、恨んだところで好きになれるわけでも得意になれるわけでもない。頑張るしかなかった。 それでも、定期テストはもちろん、小テストでも私は赤点を取っていた。そして、その度に教室の窓際にある机を向かい合わせて2人で補習。 その時間は、友達と遊ぶより、家族でご飯を食べるよりも、幸せに感じた。 公式の説明を受けながら、チラリと先生を盗み見る。 サラリと揺れた先生の前髪。そこから覗く先生の瞳。 ドキッと心臓が跳ねる。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!