手紙と預け物

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おそらく無理だと分かっていたが、それでも訊いた。 「マスター…。先生は、今…どこに…?」 「………悪いけど、教えられない。あいつに口止めされてたから…」 「そう…ですか……」 ああ…、やっぱり無理だった…。 「何をしていたのかも、元気かどうかも。 俺は、教えられないよ…」 せめてそれだけでも……。 そう思っていた先に質問を言われて、しかも畳みかけられた。 「俺は、もし君が……今でも高校時代(あの頃)の話をしていたら、この手紙を渡してくれって頼まれただけだから…」 そう言って、マスターが1枚の薄いピンク色の、桜色の手紙を取り出した。 「手紙……?」 カウンターに出された手紙を、震える手で手に取る。 封筒には何も書かれていない。でも和紙でできた上質な紙の封筒だった。 手紙の封を開ける。二つ折にされている便箋を開く。 そこには、4年──いや、もう5年前になる。 5年前に何度も黒板で見たあの文字が、 テストで点数を上げる度にコメントを書いてくれたあの文字が、 私の大好きなあの文字が、…書かれていた。 『大人になった天宮へ』 そう書かれて始まっている手紙が、最近書かれたのではないと分かったのは、文字の濃さが薄くなっていたから。 少なくとも、この手紙を書いてから1年以上は経っているだろう。 『大人になった天宮へ 久しぶり。元気にしていますか? 急に手紙を出して驚いてるよね。…ごめん。 本当は、すべてを隠したままでいたかった。けれど、どうしても君に伝えておきたくなってしまった。 でもまずは、君に謝らなければならないことがたくさんあります。 高校生の頃、君に冷たく当たったり、おかしな態度を取ったり、君にだけ敬語を使うことを許さなくて、すまなかった。 君に触れてしまえば、失ってしまう大きさが恐かった。君との距離が近づく度に、離したくなくなってしまうことが恐かった。 君はまだ大人になったばかりで、これから先いろんなことを体験して、いろんなことを学んでいく。 それは、理不尽な社会の重圧であったり、自分の力不足であったり、何かを成し遂げられた達成感やそれに対する充実感。 …一生、忘れられないような恋も体験するだろう。 君の世界は、高校生の時よりもずっと大きく、たくさんの色を取り込んで、君自身を成長させていく。 そんな君の道を、僕が邪魔をしてはいけない。 僕の勝手な都合で、君を傷付けてしまった。 すまなかった。 君は、僕に初めて会った日のことを憶えてる? 僕は今でも、昨日のことのように憶えています。 初めて君を見た時、 友達と楽しそうに笑いながら会話をする君を見た時、 まるで桜のような君を見て、僕は息が詰まったのを感じた。 それからずっと、君を見ていた。 どんなに嫌なことでも諦めずに頑張る君は、いつも輝いていた。とても(したた)かで素直で、でも、不器用でちょっと意地張りなそんな君を、僕はさらに目で追いかけるようになった。 どんな困難に見舞われても成長し続ける君は、まるで冬に咲く桜のようだった。校舎の近くに咲くあの桜のようだった。 名前のとおり〝光る桜〟──“光桜”だった。 そして、君と過ごした時間は、いつも僕の光だった。 いつも幸せに感じられる時間だった。
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