ある夏の日に

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男の子は手を後ろに組んで、山村を優しい目で見つめてくる。 沸き立つような懐かしさがあった。 生まれてまだ4、5年の、柔らかく、エネルギーに満ちた生命の匂いがする。 2年前、当たり前に山村の傍にあった、愛おしい命と同じモノだ。 「おじさんは、……悪くないのかな」 山村がそう言うと、男の子は大きく頷いた。 「優しいから、春樹大好きだよ。 正輝くんも、おじさんのこと、大好きだったよ。絶対に。すこしも怒ってなんかいないよ」 めったに来ることもない、この大阪で。 自分や息子の知り合いになど、出会うはずの無いこの土地で。 この春樹と言う子は、愛おしい息子、正輝の名を口にしたのだ。 ふわりと、風が動いた。 ゆっくりと背を伸ばし、春樹の目を見つめ返した山村は、もう、うろたえはしなかった。 天から降りてくる言葉のように、山村はその言葉を聞いていた。 体中の細胞ひとつひとつで、その声を受け止めていた。 「そうだったら、うれしいな」 山村はそう小さく言うと再び頭を垂れた。 今、ここで何かを発信すれば、その言葉は正輝に届くような気がした。 「でもね、……寂しいんだ。正輝がいなくなって、パパはすごく寂しいんだ。体のどっかが千切れてしまったみたいに、寂しくて仕方ないんだ」 あたりに音は無かった。 さっきまでのまとわりつく暑さも感じられなかった。 ただ、再び山村の頭を撫でる手があった。 小さな柔らかな手が、いたわるように、優しく撫でてくる。
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