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正輝は許してくれているのだろうか。天から自分を見ていてくれてるのだろうか。
自分は自責の鎖を解き、正輝の柔らかい思い出だけを抱いて生きてもいいんだろうか。
眠気に似た心地よさが、山村を包み込んでいた。
〈 いいんだよ、パパ 〉
そんな声が、脳の中に、優しく響いたような気がした。
いつの間にか、頭に触れる手の感触が消えていた。
ゆっくりと山村は頭を上げてみた。
あたりにはもう、あの男の子の姿は無く、次第に山村の耳にザワザワとした喧騒が戻ってきた。
準急が到着するというアナウンスが流れ、山村の意識は現実に引き戻された。
白昼の夢から放り出され、暫くボンヤリと辺りを見回していた山村だったが、不思議と心はシンと落ち着き、心地よい睡眠から目覚めた朝のように穏やかだった。
手の中に残ったペットボトルの緑茶を眺め、腰を上げる。
これも、あの子にあげようと思っていたのに、山村の胸の澱を溶かして行ったあの天使の姿はもう、どこにもなかった。
―――天上の正輝にチョコの話をしてくれるだろうか。
泣き虫の正輝の父親は、それでも正輝を愛して、日々を生きているのだと、伝えてくれるだろうか。
そんなことを思いながら、いつしか山村は微笑んでいた。
頬にまだ残る涙を手でぬぐうと、山村はホームへ入ってきた準急電車を、穏やかな気持ちでじっと見つめた。
◇
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