ある夏の日に

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未熟児で生まれた山村のひとり息子正輝は、体は標準よりも小さかったが、活発で元気な子だった。 そして父親のことが、大好きな子だった。 仕事で遅い山村を、正輝はいつも頑張って起きて待っていようとするのだが、躾に厳しい母親に叱られ、遅くとも8時までにはベッドに放り込まれる。 平日は、朝の20分だけが唯一、父子のじゃれ合う時間だった。 あれは、正輝の5歳の誕生日だった。 「今日は正輝の誕生日だから、パパ、がんばって早く帰るからな」 「やった、約束ね。絶対ね」 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ正輝を、母親の声が遮った。 「早く着替えなさい、まー君! 幼稚園のバス、来ちゃうわよ。今日の遠足に行けなくなってもいいの?」 「いやだ、行くもん!」 正輝は慌てて着替えると、すぐさまリュックの所に飛んでいき、今度は中身の確認をはじめた。 誕生日と遠足。楽しいイベントが重なって、正輝は興奮気味だった。 一度リュックに詰めたおやつをもう一度取りだして、眺めている。 たぶん、昨日完璧にチェックしたはずなのに、気になって仕方がないのだろう。 虫歯や添加物を酷く警戒した母親から、普段は甘い市販のお菓子を与えて貰えない正輝にとって、遠足のおやつは何よりの楽しみだったらしい。 「あのね、ケイ君がね、チョコくれるって。まー君は何をあげようかな」 そう言いながら、駄菓子の入った袋を持ち上げて確認する息子を、山村は目を細めながら見つめた。
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