ある夏の日に

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その男の子は、ただじっと売店に並んだチョコレートバーを見つめている。 その視線が、山村にはどうしても正輝に重なって見えて仕方なかった。 山村の妻はとにかく、躾に厳しかった。 チョコレートは特に子供の天敵だと思っているらしく、一切買い与えることはしなかった。 いつもはそれに大人しく従う正輝だったが、妻が用事で正輝を残して出かけるようなことがあれば、とたんにその瞳はイタズラっぽく輝きだした。 山村も休日返上の共犯者となり、妻が出かけるやいなや、二人揃って近くのスーパーに乗り込むのだ。 お目当てのチョコレートバーを菓子棚から一本だけ掴み取り、正輝がニコリと山村に笑いかける。 言葉はいらない。暗黙の了解と言う奴だ。 「おまえ、でっかくなったらワルになるな」 そう言いながら、チョコレートを握ったままのその小さな体を抱え上げると、正輝はキャッキャと笑い、そして必ず最後に付け加えるのだ。 「ナイショね」、と。 案外、気の小さいワルだった。
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