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ハルは顔を上げ窓の外を見上げた。皐月の空は晴れ渡り、わずかに開いた窓の隙間から爽やかな風が遠慮がちに迷い込んでくる。
教室は静まり返っていた。みな一様に机の電子板に向かい、学力テストを解いている。
ハルはやることもなく、退屈を持て余していた。仕方が無く、もう一度テストを見直す。
小学五年度の今年、テストの内容は四年度で教えられた知識以上のものを求められていた。恐らく、成績優秀者を引き抜いてさらに高等な教育を施すためだ。
ハルはこのテストに自信を持っていた。昨年、学校教育とは別に家庭教師を雇い勉学に励んでいたのだ。このテストを好成績で通過し、飛び級し早めの高等教育を受け、ゆくゆくは研究者になる。それはハルの両親が望んでいることであり、つまりはハルの望む未来でもあった。
何度見返しても間違いは見つからない。ハルは胸を撫で下ろし、ハルの席から見える後頭部を順に見回した。いつも一緒に遊ぶケントやトシハル、いじめっ子のリョウスケとタカ、学級委員の女子ユキ、そうして、トキネ。
トキネはまだ俯いて電子板にそっと触れたり、考え込むように顎に手を添えたりしている。トキネの後ろ姿を見て、ハルは口元をほころばせた。慌てて、教師の動向を探る。教師はハルと目が合うと、にこりと微笑んだ。カンニングを疑われなかった事に対して安堵の気持ちと同時に羞恥が湧き上がる。ハルは俯いてテストが終わるのを待った。
「今年のテストは難しかったね」
帰り道、トキネはため息混じりにそう言った。ハルは自信たっぷりに答える。
「日本では小学五年度から飛び級が認められるからね。だから、難しくして、きちんと勉強ができてる人を見つけるんだよ」
「そうなんだ。私はみんなみたいに家庭教師とか、雇えないからな」
トキネの寂しげな物言いに、ハルは慌てて言葉を続けた。
「べ、別に解けなくても大丈夫なんだよ。飛び級する必要なんて本当は無いんだから」
「でも、ハルはきっと飛び級するんでしょ?」
トキネはそう言いハルを見る。ハルもトキネの鶯色の瞳を見返した。
「うん」
「やっぱり。テストの結果が出たらすぐなの?」
「……うん」
ハルは言葉少なにトキネに返答をする。複雑な胸中をトキネにうまく説明できなかった。
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