この花がいいね、と彼が言ったから

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 最初に顔を見たときは分からなかった。サークル勧誘のチラシを見てようやく、見覚えのある名前に「あれ?」と思ったくらいだった。 「慎ちゃん?」  私は思い切って声を掛けてみた。手当たり次第に新入生にチラシを配っていたその人物は、名前を呼ばれて振り返る。何度か瞬きをして、少し首を傾げた。 「亜弥ちゃん?」  私より頭一つ大きいその人は、目を真ん丸にさせて私の名前を呼んだ。  東京は地元よりも桜の開花が遅い。行き交う学生たちの頭上を、桜の花びらが舞っていた。  それは十年振りに会う幼馴染だった。 「いやー、びっくりしたよ。まさかこんなとこで会うとは思わないじゃん?」  慎ちゃんこと今村慎一は、小さい頃に隣に住んでいた男の子だ。一緒にサッカーしたり、三輪車に乗ったり、毎日のように遊んでいた一つ年上の幼馴染だ。  私が八歳の頃に突然引っ越してしまったから、会うのは実に十年振りになる。 「ね。まさか同じ大学になるとは」  第一志望の大学。春から上京して、まだこの町にも慣れなくて、肩の力が入っているキャンパスライフ。十年振りとはいえ、知っている顔がいるというのは、私を安心させるのには十分な材料だった。  加えて再会したのが、桜の木の下。  私の実家近くに、桜並木の坂道がある。あの木の下で遊んだ風景が、再会した場面に重なった。  慎ちゃんの行き着けだという居酒屋で、私たちはグラスを重ねる。とは言っても、中身はウーロン茶だけど。慎ちゃんまでウーロン茶だから、律儀なところは変わってないなぁとなんだか嬉しくなる。 「それじゃあ再会に、乾杯」 「乾杯」  賑わう居酒屋の片隅。グラスの高い音が響いた。
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