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「慎ちゃーん! これも乗っけてー!」
慎ちゃんは軽音部の部長だった。私が三歳からピアノを続けていたことを覚えていてくれて、慎ちゃんに誘われるがままに私も軽音部に入った。
気晴らしに弾こうと思って実家から持ってきていたキーボードが、こんなところで役立つとは思わなかった。慎ちゃんの車にキーボードを載せてもらって、一緒にスタジオへ向かう。
助手席に座った私の右肩が、少しくすぐったい。私以外の女の子がここに座ることもあるのかな、なんて図々しいことを考えてしまう。特別な存在なんかじゃないのに。
「学祭はさ、亜弥ちゃんには五曲やってもらおうと思ってるんだ」
前を向いたまま、ふいに慎ちゃんが言った。余計なことを考えていた私はちょっとびくっとしてしまったけど、前を向いていた慎ちゃんは気付かなかったみたいだ。
「一時間ステージもらったんだっけ? 先輩もいるのに五曲もやっちゃっていいの?」
「あぁ、渡瀬は昔から鍵盤やってたわけじゃないから三曲でいいんだって」
渡瀬先輩は慎ちゃんと同じゼミの先輩だ。すごく美人で、慎ちゃんと並んでいると絵になるなって思う。渡瀬先輩はさばさばしているから、慎ちゃんのことを好きかどうかは分からないけれど。
「学祭、がんばろうな」
信号待ちで、慎ちゃんはちらりとこっちを見て言う。
「うん!」
フロントガラスの向こうには、夏の空が広がっていた。
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