『風の歌』

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 風が私の頬を優しく撫でる。  父上、母上、私はやりました。  やり遂げました。  私の刃が、憎き仇を貫く。  飯沼 条弦(いいぬま じょうげん)  父様を殺した男。  盗賊団『黒狗』の頭。  この男の顔、忘れた日などない。  仇は、苦悶の表情に顔を歪めたまま、少しずつ身体の熱を失っていった。私は、今一度、暴れ回った屋敷に見渡す。  全く、我ながら、よく暴れたものだ。  切った張ったの長丁場の大立回り。 「ああ、嫌、だねえ……年ぃ食っちまうと、刀も満足に振れなくなっちまう」  仇の一人が、息も絶え絶えに云う。  隻眼の剣客であるこの男は、盗賊団の用心棒。  私に、飯沼が死に行く様を、ずっと事細かに語り続けてきた。それは、私が彼に強要した事でもある。  この男、強かった。  実に強かった。  だが、昔はもっと強かった。  父上を斬った時は、もっと強かった筈だ。  私は、強くなったが、こいつ等はそれ以上に弱くなった。老いたのだ。  随分と、時間が掛かってしまった。  長い旅だった。  幼き時に、両親はこいつ等に殺され、それからは、復讐だけに私の人生の全てを注ぎ費やした。  しかし、それも終わりだ。  終わってしまった。  復讐を為し遂げた私に、『これから』なんてものは無い。何もない。  もう、私には、何も。  何もかも。
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