『桜の記憶』

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 宿場町の一角で、語り部が一人。  語る物語は、復讐の業火に自らをくべて焼き、燃えて、焦げて、果てて尽きた一人の愚かな女の物語。世界は彼女だけを不幸にしていたわけでなく、ともすれば、彼女の不幸や悲劇なんてものは、ただの偶然だったのだろう。  後になって理由をつけたがり探してみても、やはり、たまたま『彼女がそうなる番』だったとしか表現出来ない。悪いことは誰の身にも起きるのだから。  復讐に身をやつした女が一人死んだ。  浮き世には、物語と結末だけが残る。  幾ばくかの小銭と握り飯が、蓙(ござ)の上に座る語り部の前に置かれる。 「面白かったよ」  子供連れの商人はそう云うと、子供の手を引く。家に帰る時間なのだろう。  語り部も引き上げる支度をしている。次はどこでどんな物語を語るのやら。 「なあ、とうちゃん」  父に手を引かれる少年が、桜並木の小路を歩く語り部の背中を見送る。
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