薄花桜

3/5
前へ
/5ページ
次へ
*** 小さな四つ辻にぽつりと佇むその桜の大木は、民家が建ち並ぶ周囲の風景とはあまりに不釣り合いで、けれどそれが、かえって待ち合わせの場所に好都合ということだ。 この町に来たばかりの頃は、待ち合わせる相手などもおらず、ただこの四つ辻を通りかかるたびに、大きな桜だなぁと、そう思うばかりだった。 君と、出会うまでは。 君たち女学生が、我々の食事を作ってくれたり、繕い物をしてくれるのは、僕がここに来る以前から行われてきたことだ。だが君は、君の存在は、僕にとって、小さな小さな、あたたかい灯が、暗闇のなかでポッとともったような、そんな特別なものだったのだ。 君は、その小さな体で、なんとも甲斐甲斐しく給仕してくれた。男ばかりの場所で、さぞ居心地の悪かったことだろう。君の目はいつも心細げだった。 それでも常に一生懸命、仕事に励む君の姿は、とても生き生きと、輝かしいものだった。 君はきっと、生きることにも一生懸命な人なのだろう。 初めて交わした会話を覚えていますか。 あの時、僕はとても勇気を振り絞って、君に話しかけたんだ。 仲間はみんな、やめろと言った。 ああ、もちろんだとも。僕は何も望まない。ただ、他愛もない話をするだけのつもりだった。 今日は、いい天気ですね。 朝から暑いですね。 入道雲がぽかりと浮かんでいますよ。 君は微かに笑んで、頷いてくれた。僕にはそれだけで充分であった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加