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小さな四つ辻にぽつりと佇むその桜の大木は、民家が建ち並ぶ周囲の風景とはあまりに不釣り合いで、けれどそれが、かえって待ち合わせの場所に好都合ということだ。
この町に来たばかりの頃は、待ち合わせる相手などもおらず、ただこの四つ辻を通りかかるたびに、大きな桜だなぁと、そう思うばかりだった。
君と、出会うまでは。
君たち女学生が、我々の食事を作ってくれたり、繕い物をしてくれるのは、僕がここに来る以前から行われてきたことだ。だが君は、君の存在は、僕にとって、小さな小さな、あたたかい灯が、暗闇のなかでポッとともったような、そんな特別なものだったのだ。
君は、その小さな体で、なんとも甲斐甲斐しく給仕してくれた。男ばかりの場所で、さぞ居心地の悪かったことだろう。君の目はいつも心細げだった。
それでも常に一生懸命、仕事に励む君の姿は、とても生き生きと、輝かしいものだった。
君はきっと、生きることにも一生懸命な人なのだろう。
初めて交わした会話を覚えていますか。
あの時、僕はとても勇気を振り絞って、君に話しかけたんだ。
仲間はみんな、やめろと言った。
ああ、もちろんだとも。僕は何も望まない。ただ、他愛もない話をするだけのつもりだった。
今日は、いい天気ですね。
朝から暑いですね。
入道雲がぽかりと浮かんでいますよ。
君は微かに笑んで、頷いてくれた。僕にはそれだけで充分であった。
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