凛として

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うつむいたまま、父に手を引かれて校門をくぐった。 何も見ない。見たくない。 自分の足先だけを見つめて、私は歩いていた。 『春になったら、一緒に向日葵の種まきするんだよ!』 私と約束の指切りをしながら、目の前で空気に溶けるかのように消えてしまったあの人の、 最後の笑顔だけが、いつも私の心を占めていた。 あの時から、私の時間は止まったまま。 あの人は確かに、いた。 『人』ではなかったかもしれないけれど、 でも誰が何と言おうと、このひと夏、私のそばで笑っていた。 あの人を確かに映していた自分の瞳に、 それを消してしまいそうな他のものなんか、入れたくなかった。 父も母も何も言わなかったけれど、私にはわかっていた。 あの人は、私を救うために消えてしまったのだ。 だから私は絶対に忘れない。 照れ臭そうなあの人の顔も、 『ひーちゃん』と私を呼ぶ声も、 決して私に触れようとしなかった優しさも、 何もかも。 病院の中の院内学級しか知らなかった私は、医者に『奇跡』と言われるほど健康になって退院し、 本来通うべき小学校へ、四月から復学する。 「学校の手続き、四月になってからでも良かったんじゃね?」 ガラは悪いが優しい母が、バッグの中の必要書類をがさごそと確認しながら、父に問う。 私の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれていた父の足が、 ふと、止まった。 「三月半ばの今が、一番の見頃ですからね」 「見頃?……わぁすげー!! 見て見て、ひーちゃん!! 校庭にこんなのあるんだ、知らなかった!」 「立派な樹でしょう? こんな凛々しい桜は、めったにありませんよ」 きゃーきゃー騒ぐ母と、満足げな父の声。 「色が濃いね。あれ、でも桜にしちゃ季節が早くね?」 「それはソメイヨシノでしょう。 これは寒桜ですから」 「キレイならどっちでもいいじゃん」 どっちでもいい。 そんなもの、見なくていい。あの人の笑顔が、霞んでしまう。 「……顔を上げなさい、ひーちゃん。 彼は"見たい"と思っていますよ、きっと」 私はハッとして、父を見た。 「ほら、見せてあげなさい、彼に。 『綺麗だね』って、彼が喜んでいるのがわかるはずですよ、ひーちゃんには。 彼は、ひーちゃんの中にいるのですから」 父の言葉をよく理解できないまま、 でも私は顔を上げた。
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