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「この際だから言わせてもらうけど、友則は過保護過ぎ。美桜ちゃんだってもう大人なんだから」
ねえ? と私に話を振られても困る。
あの高級料亭の夜から一週間。私に接待させようとする山岸社長と、バイトすら辞めさせようとする阿久津先生の攻防は続いていた。
それは痴話ゲンカを楽しんでいるカップルのようで、私の意見などたぶんどうでもいいのだ。
客の前では「阿久津先生」「山岸社長」とよそよそしく呼び合う二人も、私の前では昔のように「友則」「朱美」と親しげだ。やはり、まだ関係は続いているのかもしれない。
***
山岸画廊の跡取り娘は、元々、私の父のモデルをしていた美大生だった。当然、うちにもよく来ていて、”朱美さん”のヌードは私にも見慣れたものだった。
アトリエで垣間見る彼女のコケティッシュなポーズは、まだ小学生だった私でさえドキドキさせられた。
「私もあんな風になれるかな?」
十歳の私が少し膨らんできた自分の胸を見下ろして、期待を込めて尋ねた相手は”阿久津さん”だ。当時はまだ先生とは呼んでいなかった。
アトリエの隅で私にデッサンの指導をしてくれていた阿久津先生は、私の視線を辿って朱美さんを見た。それがすごく嫌だと感じた。
台の上でポーズをとる朱美さんの裸体を凝視するのは、阿久津先生だってよくしていることなのに。彼が朱美さんの裸を、デッサン以外の目的で見るのは許せなかった。
彼の視線を私に戻したくて、私は彼の袖をツンツンと引っ張った。
「美桜はそのままでいいよ。大人にならなくていい」
「えー? 早く大人になりたいよ」
「ならなくていい」
あの時、無茶なことを言うなぁと思ったが、どうやら阿久津先生の考えは十年前とさほど変わっていないらしい。
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