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「美桜はまだハタチになったばかりだ」
「ちょっと触らせるぐらい、いいじゃない」
「触らせたのか?! あの男に?」
芹沢氏に何をされていたのか上手くぼやかしていたのに、社長が口を滑らせてしまった。しまったと口元を押さえた社長と顔を見合わせる。もう終わりだ。
「バイトは辞めさせる。金輪際、美桜に近づくな!」
阿久津先生はそう怒鳴ると、出て行けとばかりに玄関の方に顎をしゃくってみせた。
山岸社長が帰ってしまった途端、リビングが気詰まりな空間に変わった。
今回のことで阿久津先生が腹を立ててくれたのは嬉しかったが、結局それは”親代わり”だからだ。自分が紹介したバイト先で私がセクハラに遭ったから、師匠だった私の父に申し訳なく思っている。それだけのことだ。
「悪かった。まさか朱美がおまえにそんなことを強要するなんて思いもしなかった」
ほらね。何もわかっていない。
「社長に強要されたわけじゃありません。私が先生のお役に立ちたくてやったことです。……こんなことでしか、私は罪を償えないから」
がっくりと項垂れていた先生がバッと凄い勢いで顔を上げた。
「何を言ってる? 罪って何のことだ?」
「阿久津先生が私の家を出て行くという話が持ち上がったことがありましたよね。あの時、社長が言ったんです。『友則が描けなくなったのは美桜ちゃんのせいよ』って」
あれは彼が三十歳、私が十五の時だった。一向にスランプから抜け出せそうもない先生に、環境を変えるように勧めたのがモデルの朱美さん――今の山岸社長だった。
あの時、私は阿久津先生を何とか説得しようと思っていた。うちに居て欲しかったから。自分のためだけじゃない。彼自身のために。
穂高も言っていた。阿久津さんがこの家を出て朱美さんと同棲を始めたら、色に溺れてますます描けなくなるだろうと。
荷造りしている阿久津先生の部屋に行こうとしたら、朱美さんに呼び止められた。『美桜ちゃん、わかってないの?』と。
私は何もわかっていなかった。親もお弟子さんたちも私に隠していたから。
「あの時、私が桜の枝でケガしてしまったから、先生はご自分を責めて。そのせいでスランプになってしまったんですよね?」
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