魂が呼び合う

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先生も模索しているのだと知ったのは、山岸社長との会話を盗み聞きしてしまったからだ。 大学の講義が急に休講となり、いつもより早く帰宅した日のこと。 社長の車が家の駐車場に停まっていて、ハッとした。 あれ以来、社長は家に来なくなったと思い込んでいたが、こうやって私が大学に行っている間に実は来ていたのだろう。 先生はまた社長をモデルに裸婦を描いているのか、それとも二人で睦み合っているのか。 嫉妬が胸を焦がし、私には見せたことのない先生の男の顔を見たいと思ってしまった。 ここは私の家であって、居候は先生の方だ。誰に遠慮がいるものか。 そんな気持ちもあったが、音を立てないようにドアを開け、足音を忍ばせてアトリエに向かった。 「本当に何で花を描かないの? いくらお客さんにこれは桜ですって説明したって、花も葉も付けていない裸木では売れるものも売れないわよ」 「だったら売らなくていい。もうあの芹沢という男には一枚たりとも買って欲しくない」 意外にもアトリエのドアは大きく開け放たれていて、山岸社長のズケズケした物言いと不服そうな先生の声がよく聞こえた。 確かに阿久津先生の描く桜の木は、葉の落ちた寂しい姿ばかりで花を付けた絵は一枚もない。芹沢氏も次は満開の桜の絵が欲しいものだとよく言っていた。 柱の陰に隠れて覗き見ると、山岸社長は売りに出せる絵を物色しているようだ。 阿久津先生はイスに座って、長い脚をブラブラさせながら社長を見ていた。 私はてっきり二人が裸で絡み合っていると思っていたので、服を着て普通に会話している姿に拍子抜けした。 「大事な美桜ちゃんに触れた男を許せないっていう友則の気持ちもわかるけど、美桜ちゃんの気持ちを考えたことある?」 「美桜の気持ち?」 話が思わぬ方に進んで、私は身を縮めて一層耳を澄ました。 「そうよ。好きでもない男にベタベタ触られて嫌悪感でいっぱいになりながらも、それを必死に笑顔で隠していた美桜ちゃんの気持ち。芹沢氏は俗物だけど、彼の所有するホテルのロビーに友則の絵が飾られたら、価値のわかる人の目に留まるかもしれない。そう考えて頑張ってたのよ? ただの居候のためにそこまですると思う?」 「罪悪感だろ? 自分の怪我のせいで俺がスランプになったと勘違いして」 そうじゃないのになとボソッと呟いた先生の声は、何だか寂し気に聞こえた。
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