魂が呼び合う

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「私だってずっとそう思ってたわよ。まさかスランプの原因が美桜ちゃんに欲情したからだなんて、馬鹿馬鹿しくて話にならない」 え? 欲情した? 先生が私に? ”女に見えた”って、そういうことだったの? 単に無邪気な子どもではないという意味じゃなく? 心臓が早鐘を打ち出して、ここから逃げ出したいような気持ちになったが、先生の本心を知りたいという思いが(まさ)った。 「馬鹿馬鹿しいって何だよ。俺にとっては大問題だ。煩悩が邪魔をして、心の目が曇ってしまったんだ」 先生の顔は窓の外を向いていて、私からは見えない。 結露で少し曇った窓ガラスの先には、あの桜の木が花をつけ始めていた。あの時と同じように。 それが切なくて、胸を掻きむしりたいほどの想いが込み上げた。 「だから、煩悩の元である美桜ちゃんから離れれば良かったのよ。あの時、私の助言に従ってこの家を出ていれば、スランプは克服できたかもしれないのに」 「それは……どうしても出来なかった。美桜のそばを離れるなんて、俺にはどうしても出来なかったんだ」 「それだけ美桜ちゃんを好きだってことでしょ? 好きな女を見て欲情するのは男だったら当たり前じゃない。いい加減認めなさいよ。もう美桜ちゃんは十歳の子どもじゃない。立派な大人の女なんだから、もう自分の気持ちを認めてあげなさいよ」 山岸社長の声が優しく諭すような声音に変わっていく。 「もう遅い。美桜には彼氏がいるんだ。俺の妄執は行き場を失ってもがいている。どうやって昇華すればいいんだ?」 「彼氏? 馬鹿ね。そんな嘘を信じてたの?」 社長はやっぱり私の気持ちに気付いていたらしい。 「美桜が嘘をついていたと言うのか?」 「あのね、どこの世界に自分の彼女を独身男と同居させておく彼氏がいる? 少し歳は離れているけど三十五歳の男盛りで、一日中家にいるような男と二人きりなんて。あり得ないでしょ」 「どうして? どうして美桜はそんな嘘を?」 「さあね。本人に訊いてみたら? あら、美桜ちゃん。お帰りなさい」 私の方に顔を向けて声を掛けた社長からは私は見えていないはずなのに、やっぱり彼女はすべてお見通しだったみたいだ。
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