花よりほかに

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「これは、見事だ」 そんなに前屈みになって、お腹が苦しくないのだろうか。 感嘆の声を上げた芹沢氏のでっぷり突き出たお腹を見ながら、私は密かに思った。 大体、この絵の良さはそんなに近づいて凝視してわかるものじゃないと思う。 「お気に召しましたか? こちらの『桜の影』は阿久津先生の新作になります」 誇らしげな声の主は、この画廊の若きオーナーである山岸 朱美(あけみ)だ。 その蠱惑(こわく)的なプロポーションと美貌を武器にして、金持ちの中年男性たちに無名の画家の駄作を売りさばいている。そんな陰口を叩かれていることは、彼女自身も十分承知していることだろう。 ――駄作なんかじゃない。 以前のような輝きはなくても、阿久津先生の作品はもっと評価されるべきなのだ。 芹沢氏はその絵をポンと現金(キャッシュ)で購入した。いつもながらこの芹沢という男は太っ腹だ。金銭感覚も見た目も。 「いつもありがとうございます」 社長と一緒に私も深々と頭を下げた。 自分のハイヒールの爪先を見ながら、ふと思う。阿久津先生はこの絵をこんな男に売って喜ぶだろうかと。 価値をわかっているのかさえ怪しいような男に所有される絵がかわいそうな気がした。 顔を上げれば、あの桜の木がある。 阿久津先生の絵の大半は、あの桜の木をモチーフにしているから。 私のせいで先生を傷つけることになってしまった、私の家の桜の木。 本物からは何年も目を背けているのに、こうやって私をいつまでも責め続ける。 先生はどうしてあの木を描き始めたのだろうか。苦しくないのだろうか。 私は苦しい。 先生の絵を見るたびに感じるのは罪悪感だ。 どうすればこの罪を(あがな)えるのかわからないまま、このバイトを続けている。
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