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町外れの道にポツンと生えた1本の桜の木の下に、鮮血の様な真っ赤な着物を着た、青白い肌で長い黒髪の女の幽霊が出る。
それは身分違いの男に恋をして願い叶わず、桜の木の下で腹を刺して自害した女の幽霊。
男を恨む女の幽霊を見た男は、呪いを受けて死んでしまう。
それは町に住む者なら誰もが知っている怪談話。
呪いを恐れる人々は桜に近づかなくなり、男に恨みを持つ女は女の幽霊に呪って欲しいと願いに行くようになった。
そんな曰く付きの桜に、人目を避けるように近づく男が1人。
人々が寝静まった真っ暗な深夜だというのに提灯すら持たず、月明かりを頼りに桜の木を目指す。
男は満開の桜の木の下で何をするわけでもなく、ただ一晩中立ち続けていた。
そして夜が明ける前に、静かに家へと帰っていった。
次の夜も、また次の夜も、男は桜を訪れた。
「明日の夜で最後だ。」
男は散り始めた桜を見上げ静かに呟き、家路についた。
翌日の夜は朔だった。
月明かりがなく、いつも以上に暗い夜。
星の明かりだけを頼りに歩いていると、桜の木の陰から何かが見えた気がした。
男の足は少しずつ速度を上げ、桜に近づくと黒髪がなびいているように見えた。
男は駆け出した。
そして辿り着いた木の下には、怪談話と同じ真っ赤な着物を着た長い黒髪の女がいた。
女は男を見て、それはそれは嬉しそうに笑った。
「八重…。八重…。やっと会えた。」
男は涙を流しながら、女を抱きしめた。
この男、町では5本の指には入る商家の一人息子。
名は新太郎。
そして新太郎が抱きしめている女は、20年前にこの桜の木の下で死んだ八重だった。
-20年前-
新太郎の両親は年頃の息子に縁談を持ってきた。
それは隣町の豪商の娘で、家業を大きくしようとしていた両親が勝手に決めた政略結婚。
しかし新太郎には幼い頃から心に決めた娘がいた。
それが農家の娘の八重だった。
新太郎は両親に頭を下げ、八重と結婚させて欲しいと頼んだ。
もちろんそんな頼みを許すわけがない両親は、2度と八重と会わないように言って無理矢理縁談を進めたのだった。
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